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With☆YOU!
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神様は、弱い私たちを、決して放っておかれる方ではありません。
神様は大きなお方です。
神様は、恵み豊かなお方です。
この神様に歩調を合わせて歩むとき、
私たちは、聖書の豊かさを体験できます。
(2008年5月23日のブログより)
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待ちうた

2009/11/13 22:36
前回に引き続き、携帯電話の話。

最近、着うたならぬ、「待ちうた」というものが出てきています。
皆さんは、ご存知でしょうか?

着信するとき、歌が聞こえるのは、「着うた」。

それに対し「待ちうた」というのは、
相手が自分のところに電話をかけて、
普通ならプルルルル…って音が聞こえるところを、
メロディーや歌で奏でるというものです。

「待ちうた」を設定した自分自身は、そんなに恩恵は受けないけど、
自分のところに電話をかけてくれる人たちに対し、
少しでも楽しい気分にさせてあげられれば…って思うと、
やってみたくなりますよね〜。

早速、今日設定してみました。
私の携帯にかけると、
プルルルルル…ではなく、
ディズニーの「エレクトリカル・パレード」が聞こえてくるのです。

電話をかける時って、結構緊張しますよね。
その緊張が少しでも緩和され、楽しい気分になれれば…って
思っています。

果たして、成果はどうでるでしょうか…ね?!


何事でも、じぶんにしてもらいたいことは
ほかの人にもそのようにしなさい。
(マタイ7:12)

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先月の携帯料金は13万円?!?!

2009/11/10 11:48
インターネット上で、自分の携帯電話の使用料金をチェックできるということなので、
ソフトバンクモバイルのホームページから、早速やってみました。
そうしたら・・・

まだ10月の請求料金はできていないとのことで、
「確定前料金照会」というところを見てみました。
そうしたらなんと・・・

パケット通信料 13万円!!

どうしましょう・・・
こんな大金、払えないですよ・・・
でも、パケットし放題のサービス割引が適用される前の概算金額だと書いてあるし…。

今朝同じページを開いてみたら、今度は確定前ではなく、
10月分の請求金額が決定されて出ていました。
その金額は・・・

パケット通信料だけでなく、通話料も、すべてを含めて、
その10分の1以下の金額でした。(よかった

本来は13万払わなければならないパケット料が、
パケット通信料としては5700円払えばよいようになっていたのです。
(PCサイトを沢山使ったので、上限額が例月より多少多くはなりましたが…)

いやいや。
借金が肩代わりされたような気分で、よかったです。
SMAPの中居正広ではありませんが、
「孫さんは、どういうつもりなの?」
という感じですよね。

それにしても・・・
今までのパケット料も見てみましたが、
もし、パケット使い放題のサービスに入っていなければ、
毎月2万以上は(使い放題にするとパケット通信料自体も40%ほどになるので、
もし入っていなければ、毎月5万円以上かぁ?!)
払わなければならなかった計算に…。
(今まで知らなかったです

こんな携帯料金、毎月払っていたら、間違いなく破産ですよ。
知らないところで、この「借金」の肩代わりをして下さっていたんですね。


先月は、パソコンがなかったので、
ネットを全部携帯で見ていたので、余計にパケット通信料が膨らんだのでしょうね。


そこで、ふと思ったこと。

イエス・キリストは、私たちの罪を購われた(あがなわれた)って
聖書にありますよね。
購われたってことは、「買い取られた」ということ。
借金を肩代わりして下さったということ。
孫さんも偉大な方なのかもしれないが、
天も地も造られた神様は、それとは比べものにならないほど
めちゃくちゃ偉大なお方であるということ。
13万円の借金を5700円にしてくださったどころか、
何百万円もの借金を、0円(帳消し)にしてくださったお方であるということ。


「孫さんは、どういうつもりなの?」
「孫さんは、剣道めちゃくちゃつぇえんだぞ!」

「イエス様は、どういうつもりなの?」
「イエス様は、僕らの罪のために十字架に架かって、死んで三日目に
よみがえったんだぞ!」



すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる購いのゆえに、
価なしに義と認められるのです。
(ローマ3:23−24)



PS.
海外で携帯電話を使う場合は、
パケット使い放題などが適用されず、
莫大な携帯料金を請求されることがあるそうです。
海外へ行かれる方は、その点、ご注意ください。
ちなみに、イエス様の恵みは、そんなことはありません。
イエス様の恵みは、無条件で世界対応です!!




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いつかは幸せになれる……ではなく

2009/11/06 00:04
YouTubeに、ある宗教団体についてのコメントが、
パソコンで作った音声とともに、書かれていました。
その宗教団体は、日本ではかなりメジャーな団体です。

私は、特定の宗教団体を批判するつもりはありません。
でも、このコメントを聞いているうちに、
ああ、信仰生活も一歩間違えると大変なことになってしまうなぁ…
と思ったのです。



このようなことが書かれ、読み上げられていました。


「●●を拝むと、良いことが起こる。病気が治る。受験に合格する。」

「いくら祈っても良いことが起こらないなどと不満を言う人には、
あなたの信仰心が足らないの。もっと祈りなさい。もっとお布施をしなさい。
もっと布教活動をやりなさい。…と言っていた。」

「その宗教団体に入信すると、幸せになれる。」

「これだけ宗教活動をしてきたのだから、自分はすごく幸せになれるはずだ。」

「絶対に幸せになれる。ここで辞めたら大損だ。」

「その宗教団体の言っていることがウソだ…ということは、イコール
自分が今まで、自分の時間のほとんどを費やしてやってきた
祈りやお布施や布教活動の全部がまったくの無駄だった…
すごく辛い思いをしてきたのに、それが全部無駄だった…ということになる。」

「こんなに不幸でも、その宗教団体のために頑張っているのだから、
自分はすごく幸せになれるはずだ。」



どうでしょうか?

もちろん、祈りがこたえられるために、
こたえられるまで祈り続ける…ということは大事です。

でも、紙一重なんですが、
一生懸命宗教活動をしたから良いことがあるとか、幸せになるとか、
そういうことは、ありません。
どんな宗教であろうとも、そうでしょう。

それから、祈りや布教活動は、辛いものだったのでしょうか?
いろいろな奉仕も、辛いものだったのでしょうか?
何か、「今は不幸だけど、幸せになるために、辛い奉仕も我慢して、やる!」
みたいな雰囲気が伝わってきます。


日本人は、結構、そういうシチュエーションが好きなのかもしれません。
(滅私奉公とか、欲しがりません勝つまでは…、とかね。)



でも、聖書にかえってみると、
聖書は、決してそのようには教えていないのです。

聖書は、あなたが一生懸命頑張りなさい、もっとやりなさい…
と言っているのではなく、
イエス様のところに来なさい、荷を降ろしなさい、ゆだねなさい…
という具合に、神様に「拠り頼む」あるいは「してもらう」ことを望んでいるのです。

「辛い祈りも、頑張って、やる!」…のではなく、
祈りも、宣教活動も、賛美も、奉仕も、献金も、
すべては恵みであって、楽しいことなのです。



でも、クリスチャン生活も、一歩間違えると、このような
自分の頑張りにより頼む、そして、信仰生活が辛い
…というようなことになってしまうでしょう。
そのような生活が、楽しいはずがないのです。
(真面目な人ほど、そういうところに陥りやすいよね。)


信じていればいつかは幸せになれる…のではなく、
信じたその時から、幸せな歩みをすることができる、
恵みの日々を送ることができる…

唯一の、まことの神様とともに歩む生活は、
そのような生活なのです。


幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主の教えを喜びとし、
昼も夜もその教えを口ずさむ。
その人は、
水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。
(詩篇 1篇1−3節)
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0


信仰とは「忍耐」?

2009/11/03 22:40
教会に導かれているある方が、こんなことを聞いてきました。
「信仰とは、忍耐する…ということなのでしょうか?」

なるほど。
忍耐…という答えで、確かに間違いはないですけどね。

皆さんは、どう思いますか?


例えば…
飛行機に乗って、アメリカに行きたい!
という希望を持つとします。

まず、アメリカ行きのチケットを手に入れます。
手にしたのは、チケットという名の『紙切れ』です。
でも、その『紙切れ』を手にした時から、もう、
アメリカに行くという夢を手にしているのです。
まだ見ていないアメリカを、その人は見ているのです。
どうでしょうか?これこそが信仰ではないでしょうか。

そして、空港から飛行機に乗ります。
この飛行機は落ちないということ、
そして確実にアメリカに行くということを信じているので、
長時間でも安心して乗り続けることができます。

日本からアメリカに行くのには、大体10数時間かかります。
エコノミークラスだったら、そんなに快適ではないでしょう。
(ファーストクラスでも、自宅に比べたら窮屈なのかもしれません。)
でも、文句も言わず、10数時間も忍耐して乗り続けることができます。
もしこれが、「動かない飛行機」だったら、こんなこと、
とても耐えられないでしょう。

チケットを手にしたところから始まり、
飛行機にずっと乗り続けている時も、
「アメリカに行く」ということを見続けているので、
窮屈な席でも、色々と待たされる時でも、
忍耐していることができるのです。

普段の信仰生活も、全くこれと同じことなんですよね。
だからこそ、もっともっと大きなビジョンを持って、
大きな神様に目を向けていく必要があるのですよね。


あなたがたが神のみこころを行なって、
約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。
(ヘブル10:36)
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復帰

2009/10/30 21:47
今日、パソコンが帰ってきました。
なんと一ヶ月ぶりです。
ここ12年(1997.10〜)、パソコンが自宅に1ヶ月もないなんて生活は
ありませんでした。
ある意味、良い体験だったと思います。
でも、ブログのほうは、すっかりお留守になってしまいましたね。
また、ちょこちょこ書かせていただきます。
今まで、見ていてくださった方、
コメントを書いてくださった方(コメントもちゃんと読んでますよ)
ありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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お知らせ

2009/10/01 17:08
パソコンの調子が悪くて、修理に出しました。
なお、このブログは、携帯電話から送りました。
ちょっと無茶して使っちゃったかな…?
よってブログ更新も滞ると思いますが、
よろしくお願いいたします。
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昼間から寝てばかりいる人へ

2009/09/14 21:17
30代・40代・50代の、本来なら働き盛りといわれる世代の人たちが、
真っ昼間から、ず〜っとゴロゴロしている姿…。
私が勤務している精神科デイケアで、結構見かけるのです。

身体障害者ならまだしも、体は元気そのものなのです。
運動能力が非常に高い人もいます。

じゃあ、知能の問題があるのか?
若干問題がある人も中にはいますが、ほとんどの人は知的には問題がなく、
中には進学校を出て有名大学を卒業した優秀な人もいます。

あ、精神障害者っていうから、暴れるとか??
・・・いえいえ。暴れるような人は、ほとんどいません。
多くの人はおとなしく、非常に落ち着いています。

では、なぜ??

長い入院生活で、病状が治っても、働く気が失せてしまったりということもあるでしょう。
もっと具体的にあげると、次の二つがあげられるのではないかと思います。


1.働かなくても餓死することはないし、寮に入っているから住まいの心配も要らない。
 (お金は親族の送金や、障害者年金。中には生活保護という人も…。)

2.どうせ自分はこのままいっても、就職もできないし、結婚もできない。
  だったら下手に動いても、無駄足になるだけだし、下手に夢を持ったりしないほうが
  いいや…という考え。

・・・いかがでしょうか。

1の項目については、一見、手厚い保護のように思われます。
しかし、この手厚い保護が、逆に彼らの首を絞め、
色々な行動をできないようにしてしまっているというきらいもあります。
(もちろん年金制度や公的扶助制度をやめることはできません。
そんなことをしたら、人権問題です。)

もっと深刻なのは、2の問題です。
人間、夢をもてれば、それだけで生きる力がわいてきます。
寝てばかりいた人が、起きて行動し始めるようになります。
彼らの恐いところは、そのような「自分の考え」で、
自分自身を縛ってしまうことです。

かといって健全な夢を持たないで、欲だけで何かを行動し始めようとすると、
今度は、貪欲で不健全なことばかり考えようとしてしまいます。
パチンコなどの賭け事。挙句の果てには、当たり屋とか…
過去にはそのような方向に進んでしまった人もいたそうで、それもまた、
とっても困った問題です。


神様は一人ひとりに、素晴らしい、素っ晴らしい〜〜〜夢を
与えてくれているんだよ!
それに気づけば、今寝てる人も、希望をもって、
最初の一歩を踏み出せるのではないでしょうか。

最初の一歩を踏み出して、失敗してしまう人もいます。
いや、失敗しないほうがおかしいです。
失敗したらそこからまた学び、また夢を持ち続けて行動していけばいいのです。


イエスは彼に言われた。
「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。
(ヨハネ 5:8−9)

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