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With☆YOU!
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神様は、弱い私たちを、決して放っておかれる方ではありません。
神様は大きなお方です。
神様は、恵み豊かなお方です。
この神様に歩調を合わせて歩むとき、
私たちは、聖書の豊かさを体験できます。
(2008年5月23日のブログより)
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昭和は遠くなりにけり

2009/07/03 00:48
今日、2009年(平成21年)7月3日は、
私にとって、特別な日のようです。

私が生まれたのは、昭和43年7月15日。
そこから昭和の最後の日、昭和64年1月7日まで、
日数を数えると 7482日。

平成の初めの日は、平成元年1月8日。
そこから、今日、平成21年7月3日まで、
日数を数えると、7482日。


これで私は、昭和と平成を、
ちょうど同じ日数過ごしたことになるのです。

嗚呼、昭和は遠くなりにけり…ですね。

昭和の歌姫、美空ひばりさんは、平成になるやいなや
亡くなってしまいました。

つい先日は、忌野清志郎さんも、
そしてマイケルジャクソンさんも、
この世を去ってしまいました。

初めて平成になった日、
私はまだ、大学1年生だったのですね。
下宿のおばさんに、「今日は、すごい日になってしまいましたね〜」なんて
あいさつしたのを思い出しました。

私が生まれてから今日まで、
7482×2=14964日
15000日も目前です。

1日は、あっという間に過ぎちゃいます。
それが約15000回…。

Time flies like an arrow.
日本語では、「光陰、矢のごとし。」
一日一日を、本当に大切に生きていかなければ、
本当に”もったいないですよね。


そういえば、新しいパソコンを買ったんだけれども、
驚異的な安い値段で買うことができました。
それが与えられるまでのいきさつについては、
また後日。
叫ばざるを得ない状況がありました。
もう眠いので、また後にします。
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スーザン・ボイルさんを見て…

2009/07/02 09:27
スコットランド人の47歳の女性が、今年4月、
世界中で有名になりました。
彼女の名前は、スーザン・ボイル。
ずっと独身で、猫のヘブルスと一緒に暮らしているとのこと。

彼女は、グラスゴーで行われたコンテストに参加しました。
そこで彼女は、エレイン・ベイジのようなプロ歌手になりたいと語っていました。
審査員も、周りの人たちも、みな唖然、呆然。
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なぜなら、彼女はお世辞にも顔もスタイルもいいとはいえなかったからです。
見るからに、47歳の、オ・バ・サ・ン。
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しかし、彼女が歌いだすと、会場の雰囲気は、まったく変わりました。
彼女の歌声はあまりにも美しく、審査員も観衆も驚きを禁じえませんでした。
開場は感性に包まれ、スタンディングオーベーションまでおこったのです。
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youtubeで動画を見ることができます。
 こちら からお入り下さい。



スーザンさんは、一般的にいえば、ルックスは良いとはいえないのかもしれませんが、
彼女の声、そして彼女の目や表情には、神様の栄光があらわされていると思いました。

彼女は、教会の聖歌隊の奉仕者でもあったそうです。
やっぱりね・・・。

キリストの香りを放つ人…
まさにそういう感じがしました。

でも、この出来事以来、彼女は一躍有名になり、
すっかり忙しくなってしまったとのこと。

どんなに有名になっても、忙しくなっても、
神様から離れないで、いっそう神様の栄光をあらわす人となってほしい。
…そう思いました。


だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
(Uコリント 5:17)

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「磐田」という壁を崩した「ららぽーと」

2009/06/29 22:03
6月25日にオープンしたばかりの、「ららぽーと磐田」に行ってみました。
仕事帰りに、サーッと寄っていっただけです。

感想。
ひとことであらわすと…
「あれっ…ここって…磐田、市………ですよね〜!」
ってな感じです。

はっきり言って、とても磐田市とは思えない。
だって、まわりは、こんな茶畑なんですよ〜。
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だけど、一歩ららぽーとの中に足を踏み入れると、
まるで「横浜のデパート」のような光景があるわけです。
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いやぁ、これはやられましたな。
完全に「磐田市」という壁を崩しているなぁと思ったのです。
ファッションセンスも、店や通路などの作りも…。
(やわらかくて歩きやすい通路なんです、これがまた。)
ららぽーとを歩く人々も、みな、シティーボーイ、シティーガールに(←古いなぁ…)
見えてしまうほどでした。

ららぽーとは、三井不動産が管理していて、
全国規模で店が集められています。


もしこれが、磐田市内の商店街や商工会議所の人たちが集まって
ららぽーと磐田を作る…ということになっていたら、
ここまで壁を崩すことはできなかったでしょう。

それは、磐田という街を(知りすぎるほど)よく知っていて、
「磐田」という固定観念、セルフイメージ、この程度の街なんだ…
という考えが染み付いてしまっているからです。

でも、その固定観念、壁というものを、見事に打ち破ってくれました。
しかも、静岡や磐田のよさというものはちゃんと残しておいて、
色んな意味で、垢抜けているのです。


自分も、「自分」という人間の固定観念、
自分自身に染み付いているもの、
壁、
セルフイメージ
…神様と交わる中で、もっともっと崩して、
神様からの恵みをもらう位置にいなければならないなぁと思わされました。


ららぽーと磐田は、素晴らしい世界でした。
しかし、聖書の世界は、それとは比べものにならないほどの
素晴らしい世界なのです。
神様と交わり、自分自身を耕して、壁を崩していく中で、
ららぽーと以上に、毎日毎日、豊かさ、楽しさ、祝福を
頂いていかなければならないなと思いました。

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プチ旅行

2009/06/26 21:40
お久しぶりです。

6月は随分、「プチ旅行」に行かせていただきました。
半分以上は磐田市内、もう半分は静岡市内、および
完成したばかりの静岡空港です。

いろいろな写真を撮りました。
今まで、何か取り留めのなかった、私のホームページのフォトアルバムは、
かなりこれで充実してきました。
どうぞ、 こちら  をご覧になってみてください。


磐田・・・

私が初めてこの地に住んだ1997年に比べると、
随分、この磐田も変わりました。

特に磐田駅前は、新しい建物・高いビルディングも増えています。
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車社会で駅前が空洞化してしまう所が少なくないような中で、
磐田駅前は、ますます発展してほしいと思っています。

また、見付のような、歴史ある古い建物が沢山存続している地域もあります。
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桶ヶ谷沼のような、自然の宝庫もあります。
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それから、ジュビロ磐田を抜かして磐田市を語ることはできないでしょう。
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豊田、竜洋、福田、豊岡・・・そんなに遠くないのに、普段なかなか行ったことのない所に
行ったのは良かったことでした。
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自分の住んでいるところの近所。
じっくりと旅してみたことはありますか?
意外とないと思います。
東京に住んでいる人が、東京タワーに一回も行ってなかったり、
はとバスに一回も乗っていなかったりということもよく聞きます。

クリスチャンの皆さん。
自分には、もう福音を伝えるところがないとか、
もう家庭集会をやる場所はないとか、思っていることはないでしょうか?
神様にあっては、そんなことはないのです。
福音を伝える機会は、どこにでもあるのです。


郷土を見つめなおす、良い機会になりました。
私の周りの地域の発展のためにも、この地域で福音が増え広がるためにも
祈り続けていきたいと思います。


全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。
(マルコ16:15より)
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磐田の風景

2009/06/15 22:13
最近、ブログの更新が、すっかりなおざりになっています。

今、ちょっと力を入れているのは、
ホームページのPhotoAlbumです。
その中でも、「磐田の風景」に力を入れています。

磐田の風景
http://www.geocities.jp/massu68/iwata.htm

これを見て、多くの人が、
磐田に行ってみたい!!
…という気をおこして下さったら、幸いです。


福音を伝えるのも、
同じことだよね。

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クリスチャンにとっての「婚活」7〜結婚のことを第一に考えてはいけない

2009/06/05 20:32
「クリスチャン 婚活」で検索してくださる方が、
かなりいらっしゃることが分かりました。
やはり、クリスチャンの方々も、「結婚」あるいは「婚活」というものに
関心があるのですね。

そこで、「婚活」シリーズ。
少しずつですが、断続的になりそうですが、
また書いていきたいと思います。
お互いに祈りあって、祝福をつかんでいきましょう。


今回のテーマを見られて、
ビックリされた方もいらっしゃるでしょう。
これじゃ「婚活」にならないじゃん…って思われた方もいるでしょう。

また、納得された方も、きっといらっしゃることでしょう。
私の周りを見ても、「結婚、結婚、…」と、ガッツいている人ほど、
結婚できていません。
また、結婚できたとしても、その後で色々なトラブルが生じています。

じゃあ、結婚に関心がないほうがいいのかというと、
決してそんなことはありません。
「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7:7)とあるように、
求めない限りは、決して与えられないのです。

じゃあ、どうすればいいのでしょうか。

聖書に、ちょっと興味深い御言葉がありました。


「兄弟たちよ。私は次のことを言いたいのです。
時は縮まっています。
今からは、妻のある者は妻のない者のようにしていなさい。」
(コリントT 7:29)


これはパウロが、コリント教会の人々に送られた手紙の言葉ですが、
どういうことなのでしょうか?
結婚した妻のことを忘れて、独身者のように振舞っていなさいということでしょうか?
いやいや…。そんなはずがありません。
そのちょっと前に、パウロは、
「夫は自分の妻に対して義務を果たし、同様に妻も自分の夫に対して義務を果たしなさい。」
(コリントT 7:3)

と書いているのです。

では一体、どういうことなのでしょうか?
答えは、その後の御言葉にあります。

「独身の男は、どうしたら主に喜ばれるかと、主のことに心を配ります。
 しかし、結婚した男は、どうしたら妻に喜ばれるかと世のことに心を配り、
 心が分かれるのです。
 独身の女や処女は、身もたましいも聖くなるため、主のことに心を配りますが、
 結婚した女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。」
(コリントT 7:32-34 より)



私たちの教会の牧師先生も、おっしゃっていました。
「結婚というものは、“肉”に変わりやすい。」…と。

独身時代は、イエス様、イエス様、…で生活していたのに、
結婚するといつの間にか、「主」のことよりも「家庭や伴侶」のことが大事になり、
神様から離れてしまうケースも少なくないのです。
神様は、このことを悲しまれるのです。
だから、先程のコリントT 7章29節の御言葉は、
「主に仕えることを第一にしなさい。」という意味だったのです。


また、このような御言葉もあります。

「結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。寝床を汚してはいけません。
 なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行なう者とをさばかれるからです。」
(ヘブル13:4)


寝床を汚す…というのは、何も、婚前交渉をするとか
浮気をするということだけではありません。
神様が喜ばれるのは、きよい愛です。
いやらしい愛ではありません。
ここまで言えば、男性なら、誰でも察するのではないでしょうか?
(女性の場合はよく分かりませんが…)
「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」
(マタイ5:28)

とあるとおりです。

結婚のことを第一に考える…となると、
男性の場合は、どうしても、そういう肉的な考えが優勢となって出てきてしまうのでは
ないでしょうか?


クリスチャンの場合、特に、
このような「神様に喜ばれない歩み」をしている中で結婚を決めようとすると、
ストップされたりすることがあります。
(牧師の反対とか、そういうことではありません。)
やはり、神様に特別に愛されているので、
神様から離れる動きを、ストップされるのでしょう。


第一に考えること。
それは、もちろん、神様のことです。
天も地も造られた、私たち一人ひとりを造られた神様に目を向ける時、
神様がすべてを(結婚をも)祝福してくださるのです。
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日々、新しくされる

2009/06/01 23:30
どんなに良い車を買っても、
1年も経てば、その感動は薄れてしまうでしょう。
(ローンだけは残っているだろうけどね。)

今年、大学に合格した皆さん。
合格した時は、さぞかし嬉しかったことでしょう。
でも今、6月になり、今でもその合格の感動が続いているかといえば、
決してそうとはいえないでしょう。

私は、去年の年末にDVDレコーダを買いましたが、
買った当時は嬉しくて嬉しくてたまりませんでしたが、
今でもその嬉しさが、絶えず続いているかといったら、
そうとはいえません。

じゃあ、車も、大学合格も、
今ではもう、なくてもよいものかといったら、
決してそうではないでしょう。

私にとっても、DVDレコーダは、とても必要なものです。


では、なぜ、その与えられた感動は、
薄れてしまうのでしょうか。
逆に、どうしたら、その感動が薄れずにいられるのでしょうか。


結婚については、どうでしょうか?
結婚された方々に(それも、結婚生活がうまくいっている人達に)聞いてみると、
二つのパターンに分かれます。

一つは、あんなに愛し合って結婚したけど、
今ではもう、お互いにどうでもよい存在。
そりゃ、必要な存在だけど、空気みたいなもん
…という、先程出てきた、車や大学合格みたいな感じのパターン。

もう一つは、今でもお互いに愛し合っているというパターン。
むしろ、結婚した当初よりも愛が深まっている…という人さえいます。

この二つのパターンの方々は、一体、どこに差があるのでしょう。

私は独身なので、私が本来は答えを出す権利はないのですが、
今でも愛し合っている…と、堂々と言える人たちは、
おそらく、愛し合うための努力をしていることは間違いないでしょう。

人間の愛は、放っておいたら、どんどん冷えてしまいます。
人間のモチベーションも感動も、放っておいたら、どんどん冷えてしまいます。
これは、人間の心理…というよりも、
世の中の仕組み、物理学的なシステムがすべてそうだからです。
やかんの熱湯も、熱を加えずに、空気中に放っておいたら、
空気と同じ温度に下がってしまう。
何もしないで、温度が上がっていくことはない。
これと同じなのです。

では、感動をいつまでも持ち続けるためには?
喜びをいつまでも持ち続けるためには?
愛をいつまでも持ち続けるためには?

これには、日々、新しくされるしかないのです。

恵みをもらった時、それを証しすることは素晴らしいことです。
でも、同じ証しを1ヶ月も2ヶ月も、1年も2年もし続けていたら、
聞かされるほうは、たまったものではありません。
いつもいつも、神様によって造り変えられ、
新しい恵みをいただき続けていく必要があるのです。

結婚して10年以上経つけど、今でもお互いに愛し合っているという夫婦。
新婚当初よりも愛が深まっているという夫婦。
クリスチャンの夫婦に多いように思われます。
やはり、神様に向かう中で日々造りかえられているので、
愛が冷えずにいられるのですね。



だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
(コリント人への手紙第二 5章17節)

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